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大阪高等裁判所 昭和63年(う)588号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中、証人山田實に支給した分は被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事渡邉悟郎作成の控訴趣意書及び大阪高等検察庁検察官検事篠原一幸作成の同補充書並びに弁護人中北龍太郎、同中道武美、同永島靖久、同池田直樹及び丹波雅雄ら五名共同作成の控訴趣意書各記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、弁護人永島靖久を除くその余の右弁護人四名共同作成の答弁書に、弁護人らの控訴趣意に対する答弁は、検察官検事篠原一幸作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

弁護人らの論旨は、事実誤認及び量刑不当を主張し、検察官の論旨は、事実誤認及び法令適用の誤りを主張するので、当裁判所は、各所論及び答弁並びに当審における事実取調べの結果についての各弁論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、以下のとおり判断する。

第一  弁護人らの控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、被告人が投げた警杖がA巡査に当たった事実はなく、原判示傷害の事実は認められない、また仮に客観的に右のような事実があったとしても、被告人が故意にA巡査に暴行を加えたものではないから、いずれにしても被告人は本件傷害につき無罪であり、被告人を有罪とした原判決には事実誤認がある、というのである。

そこで検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、この点について原判決が「争点に対する判断」一項において説示するところは、首肯することができ、原判示傷害の事実は、優にこれを肯認することができる。

所論は、原判示傷害の事実について、原判決の認定に沿う証拠は、A巡査の証言及び前田洋伸巡査の証言だけであるが、A巡査の証言は、(1)同証人が、犯人は西向きに立って、体を右方向に捻り上げながら棒で突き上げてきたと供述している点で、東方向に小走りに走って、東を向いて警杖を放り投げた被告人の実際の行動とかけ離れていること、(2)同証人が、受傷の時刻を午前八時四六分と証言しているのは、捜査段階のかなりの段階までそれを午前八時四九分と供述していたことなどに照らして信用できず、同人が受傷したとすれば、午前八時四七分の検問開始後であったのに対し、被告人が警杖を放ったのは検問開始以前であること、(3)同証人は、その言うところの棒で突き上げた男を特定するに足る人相・風体を正確に視認して記憶に留めるのが不可能な状況にあることなど、不自然・不合理な点あるいは客観的事実との矛盾があって信用することができない。また、前田証人は、「男の投げた警杖が警察官の顔に当たった」と供述しているが、抽象的事実を供述しているだけであって、その証言も信用できない、更に、原判決のいうA、前田両証言の符合は、抽象的事実のレベルにおける合致でしかなく、両証言の信用性の根拠となり得ない、その他、原審弁護人が指摘している両証言の矛盾点についても原判決は十分な説示をしておらず、結局両証人の証言とも信用できないので、原判示傷害の事実は認められない、仮に右両証言が信用することができるとしても、被告人の放り投げた警杖がA巡査の顔面に当たったという事実を認定し得るに止まり、被告人の故意を認定するに足る証拠資料は全くなく、被告人に故意のなかったことは、被告人自身の行動から明らかである、と主張している。

しかしながら、この点に関するA証言及びこれに符合する前田証言が信用するにたることは、以下に述べるとおりである。

(1)被告人が「A巡査に対し、長さ約一二七センチメートルの木製警杖を両手で突き出すようにして投げ上げてその先端部分を同巡査の右顔面に当てる暴行」を加えたという原判示事実について、なるほどA巡査は、犯人が棒で突き上げてきたと供述しているけれども、本件が、当時犯人とA巡査とが土手の下と上に別れて至近距離で対峙していた一瞬の間に行われた犯行であり、また警杖が同巡査の右顔面にあたりメガネのガラスを突き破り、そのため同巡査は、その瞬間、目の前が真っ白になり、反射的に右手で右目をふさいだこと(この点に関する同巡査の証言は、眼鏡の破損状況や受傷の状況などに照らして信用するに足りる。)にかんがみると、同巡査が暴行の用器である警杖を棒と誤認し、また、犯人がその用器を手に持ったまま同巡査を突いたのか、棒を同巡査めがけて投げ上げたのか、同巡査の顔面に当たった瞬間それが被告人の手から離れていたのか手に残っていたのかまで見届けることができず、若干不正確な供述をしているからといって、それがなんら不自然であるということはできない。また、被告人は、原審公判で、「土手の上にいた機動隊員に対して土手から降りろと言いながら手を横に振ったところ、たまたま同隊員の持っていた警杖に手があたり簡単に警杖が手に入ったので、嫌がらせの意味でそれを人のいない所へ持っていってやろうと思い、テニスコートの方(東方)へ三~四メートル小走りで走り警杖を放り投げた。」と供述し、山円實も原審証人としてこれと同旨の供述をしておるところ、所論は、右事実を前提にして、A巡査が供述する犯人の行動、姿勢が被告人のそれとかけ離れており、同巡査が証言するように被告人が西向きに立って、体を右方向に捻じりながら棒で突くためには、まず体を東向きから西向きに一八〇度回転させ、更に上半身を東に戻さなければならず不自然な動きであると主張している。しかし、警杖を被告人から奪われた安永将一巡査の証言に照らしても、被告人が、その供述するように易々と警杖を手に入れたものでないことは明白であり、更に被告人が三~四メートルも東方へ移動して人のいない所に警杖を放り投げたことも真実と異なっていることは他の関係各証拠に照らして明らかであって、所論は誤った前提事実を論拠とするものであって、これを採ることはできず、この点に関するA証言に不自然の点はない。安永巡査や前田巡査は、被告人は、安永巡査から警杖を奪ったのち、若干左(東)に移動して、立ち止まり、その際被告人は西の方を向いていたので少し体を捻じるような恰好で棒を突き上げるようにして正面のA巡査の方に放り投げた。とそれぞれA証言と符合する具体的供述をしておることも又、A証言の信用性を裏づけるものといわなければならない。(2)次に、A巡査が、被害を受けた時刻に関する供述を捜査段階の途中から変更したことは、所論の指摘するとおりであるが、同巡査は、その理由について、「検問開始の時間を後に四七分と知ったので、被害を受けた時間は、検問よりも前であったところから、その後、土手から降りて甲小隊伝令などと話もしていることを総合した結果、被害を受けた時間は、逮捕時間より四分位前の八時四六分ころではないかということになった。」旨証言しており、A巡査は、終始被害を受けたのは検問開始(検問開始の時刻については後にも触れるが、ここでA巡査が検問開始と言っているのは、被告人らの集団が最終的に隊列を整え検問に応じた時点を指しているのであって、具体的には午前八時四七分ころである。)前であったと認識しそのように供述しているものと解される。そうすると、A巡査が捜査段階の始めころ被害にあった時刻を午前八時四九分ころと供述していたのは、同巡査の検問開始の時刻に対する認識の不正確なことに基づく時刻表現の誤りであって、後にその時刻を八時四六分ころと改めたのも実質的な供述の変更ではなく、所論の主張するようにA巡査が午前八時四九分ころ被告人とは別の人物から暴行を受けたものでないことはもとより、A巡査が被害にあってもいないのに事件を殊更でっち上げたものでもないことは明らかであり、被害を受けた時刻を問題としてA証言の信用性を攻撃する所論も採り得ない。(3)また、A証言によれば、同巡査は、同巡査の正面にいて「降りてこんかい」などと声を出していた被告人が警杖を突き出すようにして投げ上げるのを目撃して(ただし、棒で突き上げてきたと認識した。)、その容貌、服装等によってこれを特定したと供述しているところ、その供述に不自然、不合理な点はなく、所論がいうように、人相、風体による犯人の特定が不可能な状況にあったとは認められず、同巡査が犯人を特定し被告人を現行犯逮捕するまでの状況に関する同証人の証言が信用できることは原判決の説示するとおりである。更に、前田証言も、その内容をみれば、具体的な観察、認識に基づく具体的事実の供述であって、所論のいうような抽象的事実の供述にすぎないものでないことは明らかであり、A証言と前田証言との符合も、前にも触れたように具体的事実に関するものであって、単なる抽象的事実の符合ではなく、当然両証言の信用性を高める事由であるということができる。

その他所論のるる述べるところをつぶさに検討しても、原判示事実に関する右両証言の信用性に疑いはなく、これらの証言にその他関係証拠を併せると、被告人が、A巡査の至近距離から、同人の身体に向けて警杖を突き出すようにして投げ上げ、その先端部分を同巡査の右顔面に当て原判示傷害を負わせた事実を認めることができ、その事実自体にかんがみると、被告人に少なくとも暴行の故意、したがって傷害罪の成立に必要な故意が存在したことは、優にこれを認めることができる。そして、更に記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討しても、原判決に所論のいうような事実認定に誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

第二  検察官の控訴趣意について

検察官の控訴趣意は、事実誤認と法令の解釈適用の誤りとであるが、検察官作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書を併せ考察して、その主張を論理的に整序すると、論旨は、以下に要約するとおりであると解される。

一  控訴趣意第二(事実誤認ないし法令適用の誤りの主張)

(一)  原判示傷害事件の発生時点においては、いまだ釜ヶ崎日雇労働組合(以下、釜日労という。)に所属する者らの集団に対する所持品検査には着手されておらず、所持品検査に応じるよう説得が行われていたにすぎないのであって、所持品検査を実施することの承諾を得られる可能性もある状況にあったのである。したがって、その後形成された阻止線も釜日労集団に対して、所持品検査を含む職務質問に応ずるよう説得するために、停止を求める措置として行われたものにすぎず、このような説得をするについては、一般の職務質問に際して必要とされる要件が充たされておれば十分であり、相手方の承諾のない所持品検査の場合に要求される要件が具備される必要はない。しかるに、原判決は、原判示傷害事件の発生する時点より前、釜日労集団の先頭部隊である徒歩グループ約二〇名が、集合場所である大阪府堺市〈住所略〉の堺市大浜公園(以下、大浜公園という。)東出入口付近に近づいて来た時点ですでに、機動隊は、同集団に対しその承諾のない所持品検査を実施するため阻止線を張っており、その検問の具体的態様は、阻止線を張って通行を遮り、釜日労集団の全員に対して所持品検査を強行するというものであったと認定し、その検問については、相手方の承諾のない所持品検査の要件が充たされることが必要であることを前提として、A巡査の公務の適法性の有無を判断し、それが違法であるとして公務執行妨害罪の成立を否定した。これは、事実の認定を誤り、ひいて法令の適用を誤ったものである。

(二)  仮に、本件発生時点において、既に機動隊は所持品検査に着手していたとしても、その時点では現場付近に集結した釜日労集団は、徒歩グループ二〇名及び後からバス「勝利号」で到着した七〇名を合わせて九〇名の多数に達しており、同集団は、警察部隊が予想外に手薄であると判断し、勝利号もろとも公園内に押し入ろうとしたのである。更に当時警備当局にはその勝利号に多数の旗竿、プラカードが積み込まれていることが判っており、しかも釜日労は、過去において違法事犯を多数犯し暴走の危険性の強い集団で、本件当日の集会・デモには極めて積極的に取り組んできたものであって、本件警備は甚だ重要なものであったと認められるのである。したがって、右時点において、承諾なき所持品検査を行うべき必要性、緊急性を優に認定しうる状況にあったということができるのである。しかるに、原判決は、本件阻止線の形成時期が前記のとおり約二○名の徒歩グループが本件現場に近づいてきた時点であるとの理由によって、本件検問の対象を釜日労集団の一部である右徒歩グループのみに限定したうえ、「前記のような釜日労の性格、その本件集会・デモに対する取組姿勢、本件警備の重要性に思いを致さず、更には緊迫していた現場の状況を無視して」、相手方の承諾のない所持品検査を行う必要性、緊急性がないと認定し、A巡査の公務の執行が所持品検査の要件を具備しない違法なものであるとして公務執行妨害罪の成立を否定した。これは事実の認定を誤ったか、あるいは所持品検査の要件に関する警察官職務執行法(以下、警職法と言う。)二条一項、したがって刑法九五条一項にいう公務の適法性に関する解釈を誤り、法令の適用を誤ったものである。

二  控訴趣意第三(法令適用の誤りの主張)

原判決は、法的判断の根拠を警職法二条一項のみに求めて、本件検問、したがってA巡査の公務を違法と認定しているが、本件当日予定されていたような、公共の場所における集会とそれに引き続くデモ行進、特に本件釜日労集団が参加を予定していた公道におけるデモ行進は一般の交通に少なからず支障を及ぼし、「群衆心理の法則と現実の経験から明らかなように、場合によっては、治安または公共の安全に重大な脅威になり得ることにかんがみ、このような行動に参加する者は、公安委員会等の許可条件を遵守するは勿論、同時に警備当局が合理的に考えて必要と思われる限度で行う右許可条件違反の存否に関する点検などの規制に協力すべきものであり、右点検などの規制は、警察法二条一項に定められた警察の責務を根拠としてこれをなし得るのであって、必ずしも警職法二条一項の定める要件に厳格に拘束されないと解される」。したがって本件検問の適否については、警職法二条一項及び警察法二条一項の両者を根拠とし、通常の職務質問よりも緩やかな要件に従って判断することができるのであるから、本件検問の場合、優に承諾なき所持品検査を行う必要性、緊急性を認めることができるので、それが適法であることは明らかである。原判決は、この点の解釈を誤り、刑法九五条一項の適用を誤ったものであるといわざるを得ない。

そこで、各論旨について判断するが、その前提として、本件検問に至る経過、検問の状況及びA巡査の公務の内容・その執行状況、その他これに関連する事実関係を検討しておく。

関係各証拠によれば、次のような事実を認めることができる。

(一)  被告人は、大阪市西成区通称釜ヶ崎に居住する日雇労働者によって組織されている釜日労の組合員であったものであるが、本件当日の釜日労集団は、その組合員を中心に同調者及び東京の山谷地区の日雇労働者によって組織されている山谷争議団のメンバー数人を含めて約九〇名で構成されていた。右釜日労集団は、「異議あり!五・一一植樹祭関西実行委員会」が昭和六一年五月一一日午前九時三〇分から大浜公園で開催する、第三七回全国植樹祭に反対する集合に参加するため、同日午前八時前ころ、被告人を含む約七〇名が勝利号(バス)に乗って、約二〇名が電車と徒歩でそれぞれ同公園に向かって大阪市西成区の愛隣総合センターを出発した。「その際右バス内には長めの組合旗二本、これより短い長さ約二・五メートルの組合旗約一〇本及びプラカード一五本ないし二〇本位を積み込んだが、その状況については、私服の警察官数名が近くからこれを監視していた。右プラカード等には危険な細工は施されておらず、バスの中にはその他に危険物等は積み込まれていなかった」。

(二)  当日の大浜公園の警備を担当した大阪府警察管区機動隊第四大隊第一三中隊(中隊長黒川吉庸)約一〇〇名は、同日午前八時一五分ころ同公園に到着した。もともと、第一三中隊の当日の任務は、公園内外の危険物の検索及びデモ隊出発後の併進規制であった。黒川中隊長は、右到着後、直ちに同中隊第三小隊(小隊長市野康郎)のうちの約二〇名と共に公園東出入口付近において、同所付近の監視、警戒に当たり、他の隊員を公園内外の検索に当たらせていたところ、西成警察署から、釜日労組合員六~七〇名位が旗竿やプラカードを積んだバスに乗り、他に同組合員約二〇名が電車を利用して同公園に向かったとの無線連絡が入った。ところで、釜日労集団も参加して行われる「異議あり!五・一一植樹祭関西実行委員会」主催の当日のデモに関しては、予め主催者から大阪府公安委員会及び所轄の堺北警察署長に対し許可申請が出され、同公安委員会は、「鉄棒、棍棒、竹棒、石又は先端をとがらせるなど危険な加工を施した旗ざお、プラカードその他危険な物を携帯しないこと。」等の条件を付した上、右デモ行進を許可していた。また、警備当局は、「同年四月二〇日に釜日労組合員も何人か参加して、関西うねりの会が大阪市内で植樹祭反対を標榜して行ったデモ行進の際、一部参加者が、公安委員会の許可条件に反して違法行為に出るという経緯があったことなどから」、事前に釜日労に対し所持品検査を目的とする検問を実施することを決めており、前記西成警察署から無線連絡があった時点で大隊長から黒川中隊長に対して検問を実施するよう指示が出された。その後、午前八時三五分ころ、まず電車を利用してきた約二〇名の釜日労組合員が徒歩で公園東出入口に近づいて来たため、これを停止させて所持品検査を実施すべく、黒川中隊長の命令で市野小隊長が「釜日労が来たので検問を行う。」旨掲示を出し、同出入口付近で警戒に当たっていた前記小隊第二分隊員約一〇名が同出入口付近に横一列に並んで阻止隊形を作り、同第三分隊員約一〇名が、身体捜検を行うため、その後方に縦二列に、間に順次人を通すよう間隔を開けて並び、いわゆるトンネル隊形を作った。その時点における右約二〇名の釜日労集団は、旗竿もプラカードも持っておらず、また、外見上危険物を所持している疑いも異常な挙動も認められなかった。

(三)  右約二〇名の集団は、機動隊の阻止線によって会場内への通行を妨げられたので、前方の機動隊員に罵声を浴びせ、「ここを通せ」と言って抗議し、中には横に並んでいる機動隊の楯を蹴ったりする者もいた。間もなく、勝利号も右出入口に到着した。釜日労では、事前に、公園管理者から、集会参加者で身体の具合が悪くなった者の休憩場所等として使う目的で勝利号を公園内に搬入する許可を得ており、そのため、右出入口に車止めのため立てられているポールの鎖をはずす鍵も公園管理者から預かっていた。そこで組合員は勝利号を公園内に入れるため預かっている鍵を使ってそのポールの鎖をはずし始めたが、黒川中隊長らは、そのような許可のあった事実を知らず、勝利号の公園内への進入を阻止した。そのため、勝利号はそれ以上中に進行できず、同車に乗っていた釜日労組合員らは、バスから降り、機動隊の阻止線の手前で前記先発集団と合流し約九〇名の集団にふくれ、機動隊員と対峙して怒号し、押し合いになった。この間に、警備側も右現場と離れた公園内で検索に従事していた機動隊員を呼び戻して次第に阻止線を補強した。被告人もバスから降りたものの、そのままでは会場に行くことができないので、同所北側の土手を乗り越えて行くこととし、二度にわたり土手に上がり会場に向かおうとしたが、いずれも機動隊員に腕を掴まれるなどされて土手下に下ろされた。

(四)  その後、第三分隊所属のA巡査は、他の機動隊員と共に、被告人のように阻止線を避け土手を乗り越えて会場に行こうとする集会参加者を阻止するため、土手の上に上がって土手下の同参加者らの動向を監視していたところ、被告人から原判示の暴行を受けて負傷した。

(五)  被告人他一名が機動隊員によって現行犯逮捕された後、比較的平穏に検問が実施されたが、その際も釜日労集団が全く任意に検問に応じたのではなく、口々に所持品検査に抗議し、渋々これに応じるという状況であった。検問の結果、釜日労組合員の所持品からも勝利号内からも危険物ないしは危険な細工をした旗竿やプラカード等は-切発見されなかった。

以上の事実が認められる。

右認定事実に関し、別件である大阪地方裁判所昭和六一年(わ)第一九九六号事件第七回公判調書、第八回公判、公判準備調書(各謄本)中において、同事件の証人黒川吉庸は、阻止線を張った時期について、徒歩による釜日労組合員の姿を現認して直ちに阻止隊形を作らせたことはなく、同組合員ら及びこれとほぼ同時に到着しバスから降りた釜日労組合員若干名に対し職務質問等を受けるよう説得していたところ、同組合員らがこれに応じず、一丸となり、凝縮した集団となってバス諸共公園内に入ろうとしたので、その段階で初めて、急遽、阻止隊形を作ったと供述しており、証人市野康郎も原審でほぼ同様の証言をしているが、その内容は、A、前田巡査ら警察関係者の各証言とも異なっており、しかも市野の右証言は、捜査段階で作成された同人の司法警察員に対する供述調書(写)の内容とも矛盾し、これらの各証言は到底措信できない。

また、前記黒川は、前記証言中において、釜日労集団に対し検問をすることを警備当局が事前に決定していたわけではなく、現場の指揮官の判断で職務質問ないし所持品検査を実施することになっていたものであると証言し、市野証人も、釜日労集団を見る前に検問をする必要があるかもしれないと聞いていたと証言し、検問の実施を確定的なものではなく単にその可能性があるという程度に認識していた旨の供述をしているが、当審で取り調べた当庁昭和六三年(う)第四七四号第二回公判調書中の同事件の証人菅原正三の供述調書(謄本)によれば、本件デモの許可申請に関して公安委員会の窓口として折衝にあたり、警察側の本件の警備計画を立てるについて重要な立場にあったと考えられる同証人が、その計画段階で本件集会、デモに釜日労が参加すると聞いて予め検問すると決めたとはっきり供述し、その証言は十分信用できると考えられるので、黒川及び市野のこの点に関する各証言は採用できない。

その他右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

そこで右認定事実に基づき各論旨について判断する。

一  控訴趣意第二(事実誤認ないし法令適用の誤りの各主張について

(一)  同(一)の主張について

前記機動隊第一三中隊第三小隊員らが、釜日労の先頭集団である徒歩グループ約二〇名が大浜公園東出入口に近づいた時点で、主として所持品検査を目的とした検問を実施するため同入口付近に阻止線を張って検問隊形をとり、間もなく右二〇名から約九〇名にまで増えた釜日労集団と機動隊員との間の押し合い状態になったこと、したがって、原判示傷害事件が発生したのは、阻止線前の釜日労集団が約九〇名にふくれた時点であったとしても、機動隊は釜日労の徒歩グループ二〇名が公園出入口に近づいた時点から引続き阻止線を張り、検問隊形をとって釜日集団全員に対し所持品検査を強行しようとしたことは、前認定事実から明らかである。してみると、原判決に所論の指摘する事実認定の誤りはなく、その事実誤認を前提として法令適用の誤りを主張する所論も理由がない。

(二)  同(二)の主張について

職務質問に付随して行う所持品検査が一義的なものでなく、職務質問に伴い、(1)所持品を外部から観察する行為、(2)所持品につき質問する行為、(3)所持品の任意の提示を求め、提示された所持品を検査する行為、(4)衣服、携帯品の外側から手を触れて所持品の検査をする行為、(5)衣服に手を差し入れたり、携帯品を開披するなどして所持品の検査をする行為など、相手方の協力さえ必要でないものから、相手方の任意の協力ないし承諾が必要であるもの、相手方の承諾はないものの強制にわたらない程度に有形力の行使を伴うもの及び強制的に行うものまで、段階的に程度の差があることは所論のいうとおりであるが、本件では、前示のとおり釜日労の約二〇名の徒歩グループが入口に近づいた時点で通路いっぱいに阻止線を張って検問隊形を作り、釜日労組合員はこれに抗議し、任意の所持品検査に応じる気配は一切示しておらず、このことは警備の警察官にも十分認識できたはずであるのに、なお阻止線を開こうとせず、所持品検査を実施しようとしたのであるから、それは、相手方の承諾のない所持品検査に当たるものと認められる。そして、そのような所持品検査が許容されるためには、最高裁昭和五三年六月二〇日第三小法廷判決の示した要件を満たすことが必要であると当裁判所も考える。そこで、本件において、その要件である所持品検査の必要性、緊急性が存したかどうかについて判断するに、本件においては、その必要性、緊急性が認められないとの原判決の判断及びその根拠づけは、前認定事実に照らして、当裁判所もこれを首肯することができる。

所論は、前示のように、種々の根拠を挙げ、本件発生時点においては、所持品検査の必要性、緊急性が認められると主張する。しかしながら、前認定の事実その他関係証拠から明らかな以下の諸事情、すなわち、本件検問の態様をみると、その実施に当たった機動隊員は、当初から相手を説得して任意の所持品検査を促すという態度ではなく、いきなり阻止線を張り検問隊形を作って集団の全員に対し所持品検査を行うというものであり、また、釜日労が勝利号を公園内に入れることについて事前に公園管理者の許可を得ていた事実が現場指揮官に徹底しておらず、機動隊側がそのような許可がないことを前提とする行動をとり、その公園内への進入を阻止していること(釜日労は公園管理者から入口の車止めのポールをはずすために鍵も預かっており、組合員が右鍵をつかってポールの鎖をはずしているのを現認した機動隊員は、右許可があったことが推認できたはずであるのに、それに対応する適切な行動もとられていない。)、一方、釜日労側が所持していた旗竿、プラカードに先を尖らせる等危険な細工が施されていなかったことは勝利号が愛隣総合センターを出発した時点から警備当局において監視して確認していると認められること(証人原田豊三は、当公判廷で、「勝利号が愛隣総合センターを出発してすぐ一時停止し、被告人ら三名の組合員がバスから降りて何処からか新たな旗竿やプラカードを運んできてバスに積み込んだ。」旨証言したが、そのような事実は原審証拠には一切現れておらず、当審における事実取調べの結果を加えてもこれを裏づける証拠はなく、右証言は措信できない。)、更に過去釜日労組合員が不法事犯の発生に関与していたことがあるとしても、その関与の状況は、現場の具体的状況をはなれて、その事自体から直ちに本件所持品検査の必要性、緊急性を認定する根拠になるようなものではないこと、などの諸事情に照らすと、本件においては、所持品検査の必要性、緊急性は認められず、この点に関する原判決の認定に誤りはない。そうだとすると、本件検問は警職法二条一項に照らして違法であり、それに従事していたA巡査の前記公務の執行も違法であると認めざるを得ない。してみると、被告人について公務執行妨害罪の成立を否定した原判決には、所論指摘の事実誤認も法令適用の誤りもない。

二  控訴趣意第三(法令適用の誤りの主張)について

所論にかんがみ検討するに、「警察官がその責務を遂行するに当たり、相手方の意思に反しない任意手段を用いるについては、必ずしもその権限を定めた特別の法律の規定を要せず、警察の責務の範囲を定めた警察法二条一項の規定を根拠として、これを行い得る場合があるとしても(最高裁昭和五五年九月二二日第三小法廷決定参照)、本件で行われた相手方の承諾のない所持品検査のように、相手方の意思に反して、国民の権利を制限し、これに義務を課す場合には、その権限を定めた法律の規定が必要であり、同法二条一項の規定によってこれを根拠づけることはできないと解せられる。」そうだとすると、本件所持品検査の適法性の要件を、もっぱら警職法二条一項に基づいて判断し、所論のいうように警察法二条一項を根拠としてその要件をより緩和することを考慮しなかった原判決の判断は正当であって、原判決に所論のいう法令の解釈適用の誤りはない。

その他所論のるる述べるところをつぶさに検討しても、A巡査の公務執行が違法であったとして被告人を公務執行妨害罪で無罪とした原判決に事実誤認ないし法令適用の誤りは認められない。検察官の各論旨は、いずれも理由がない。

第三  弁護人らの控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

論旨は、被告人を懲役一〇月・三年間執行猶予に処した原判決の量刑は不当に重すぎる、というのである。

所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は天皇臨席の下に開催された全国植樹祭に関し、これに反対する目的で集会・デモに参加しようとした被告人が警備の警察官に対し、他の警察官から奪った警杖を至近距離から投げつけ傷害を負わせた事案で、用器の形状や攻撃の態様からみて、その行為は甚だ危険であり、傷害の結果も必ずしも軽微とはいえず、その犯情は軽視できない。してみると、前述したように警備の警察官が強行しようとした所持品検査が違法であったことを十分考慮し、その他所論指摘の事情を含め諸般の情状を斟酌しても、原判決の前記量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文掲記の当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 高橋通延 裁判官 正木勝彦)

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